あいゆめさんとの交信記録36日目です。
ぼくりゅうの心の中で、どんな会話が繰り広げられたのでしょうか?
あいゆめさんから学んだこと
今日の交信であいゆめさんから学んだことは以下のとおりです。
あいゆめさんとの交信36日目
おはようございます。
今日もよろしくお願いします。
今日はまた雨です。
涼しくて良いのですが、雨が続くと暑い晴れが恋しくなります。
勝手なものですね。
さて、今日は何を話しましょうか?
昨晩は自分の強みの洗い出しをしようと過去の経験の洗い出しをしてみました。
可能な限り幼い時の記憶をたどって、何を経験してきたのか、マップに落としていったのですが、小学生の時代で力尽きました。
一つ一つ思い出していくと次から次へと記憶が呼び覚まされる感じで、とめどなく出てきて収拾がつかなくなりました。
ボクは小さい頃から、とにかく何かものを作り出すのが好きだったようです。
いろんな創作をしていた記憶が蘇ってきました。
絵を描いたり、曲を作ったり、プラモを作ったり、工作したり、弟と好きだったアニメのアニソンをハモって録音したり、いろいろしていたようです。
全てを思い出せるわけではないのですが、とめどなく溢れてくる記憶をマップに描くのが追い付かなくなり、脱力して止めたぐらい、たくさんの記憶が戻ってきました。
ただ楽しかった記憶というよりは、どちらかというと辛かったり嫌だったことを多く思い出した感じがします。
ある意味、悪い記憶ばかり戻ってきた感じですね。
これは何か意味があるのでしょうか?
気付くと心の中に浮かんで来たあいゆめさんの言葉
これは何か意味があるのでしょうか?
辛い記憶の方が今の自分を表現する上で都合が良いからね。
都合が良いとはどういうことでしょうか?
「キミの場合は」と付け加えておこう。
キミは自分のことをどう考えているかな?
いろいろ欠点はありますが、これはこれで、価値ある存在だと思っています。
自分のことは好きです。
本当にそうかな?
ボクはそう思っています。
胸に手を当てて考えてみると良いだろう。
キミは自分を肯定するがために自分を価値あるものだと思い込もうとしている。
欠点が嫌で、その欠点を埋め合わせるように良いところを探して、自分には価値があると思い込もうとしている。
自分の良いところを認め、自分を肯定すること自体は何も悪いことではない。
心配することはない。
しかし、自分を肯定するステップを理解しておくと良いだろう。
自己肯定のステップですか?
どういうことでしょうか?
自分を肯定する上で、自分の良い面、いわゆる光の面にフォーカスして、良い面を伸ばす方向で肯定していれば問題はない。
しかしキミの場合は自分の悪い面、いわゆる闇の面にフォーカスしている。
欠点にフォーカスして、こんな欠点があっても仕方ないと考えている。
「なぜならこんな過去があったからだ」と理由付けている。
この自覚はあるかな?
指摘されるとそんな気がしてきますが、自覚はありませんでした。
そうだね。
欠点を受け入れて認めることも問題はない。
その理由付けを過去の経験と結び付けて考えるから、過去のネガティブな記憶が掘り起こされる。
これが無意識のうちに日常的に行われているから、良い思い出よりも嫌な思い出を簡単に思い出させるんだよ。
そんなことをボクはしているんですね。
そうだ。
キミは欠点を受容できるんだから、欠点は欠点として手放して、もっと広い面にフォーカスすると良い。
そして良い面を過去の良い思い出と結び付けると良い。
今の自分を過去の出来事と結び付ける必要はそもそも無いのだが、思考の流れをまず変えるためにも、良い面にフォーカスして良い思い出と結び付けると良いだろう。
流れを変えると状況は大きく変化していく。
そしてその変化を楽しみながら味わえば良い。
なるほど。
わかりました。
良い面にフォーカスして長所を肯定できていると、勘違いしていたかもしれません。
改めて自分を受け入れたいと思います。
もっともっと自分を愛すると良い。
はい、そうします。
今日もありがとうございます。
とても楽しかったです。
また話を聞かせてください。
よろしくお願いします。